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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)6304号 判決

原告 持田寿

被告 福田米重郎

主文

被告は原告に対し別紙目録〈省略〉記載の建物二棟につき東京法務局渋谷出張所昭和二十八年四月二十七日受附第八四四五号を以てなされた同年同月十五日代物弁済に因る所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求める旨申立て、その請求の原因として別紙目録記載の建物二棟、(以下「本件建物」と略称)はもと訴外池田寅一の所有であつたが、昭和二十一年頃同人から原告はこれを買受け、その所有権を取得し爾来原告の所有に属するものであるところ、被告は原告が未だその所有権取得登記を経由して居らないのに乗じ、昭和二十八年四月十五日原告に対する貸金の返済に代へて本件建物を原告から譲受けたと称し、情を知らない前記池田寅一から印鑑証明書登記申請委任状等の交付を受け、中間登記省略の形式により同月二十七日本件建物につき東京法務局渋谷出張所同年同月同日受附第八四四五号を以て、昭和二十五年四月十五日代物弁済による被告のための所有権取得登記を経由した。けれども原告は被告に対し本件建物を代物弁済として譲渡したことはないのであるから、所有権に基き被告に対し前記所有権取得登記の抹消登記手続をなすべきことを求めるものである。

被告の答弁事実中、被告が原告に対する貸金の返済に代へて本件建物の譲渡を受ける旨の意思表示をなし右意思表示が被告主張の日時原告に到達したことは認めるが、その余の点は否認する。原告は被告主張の貸借並に代物弁済に関する契約につき原告の二男訴外持田典に代理権を授与したことはない。被告は浪費癖のある右典を誘惑して右契約を締結させたものであつて、原告の関知するところではないと述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、原告主張の請求原因事実中、本件建物がもと訴外池田寅一の所有であつたが、昭和二十一年頃同人から原告がこれを買受けその所有権を取得したけれどもその取得登記を経由していなかつたこと、被告が原告主張の如く原告に対する貸金の返済に代へて本件建物を原告から譲受けたと称し、右建物の前主池田の印鑑証明書登記申請委任状等により中間登記省略の形式で原告主張の所有権取得登記を経由したことは認める。

被告は昭和二十五年二月十五日、原告の代理人である原告の二男訴外持田典との間に被告を貸主、原告を借主として弁済期同年四月十五日利息年一割、期限後の損害金は日歩五十銭とするとの約で金十万円を貸付け、その際被告との間に原告が期限までに右元利金を支払はないときは右元利金の支払に代へ本件建物を被告において譲渡を受けることができる旨の代物弁済に関する契約を結んだ。ところが原告は弁済期を徒過し右元利金の支払をしないので、被告は昭和二十八年六月十一日原告に宛て、原告の右債務の弁済に代へ、本件建物の譲渡を受ける旨の意思表示を発し、右意思表示は翌十二日原告に到達した。よつて被告は本件建物の所有権を取得したものであると述べ、仮りに右典において原告を代理して本件契約を締結する権限がなかつたとしても原告は昭和二十三年晩秋頃、被告に対し右典に原告の包括的代理権を授与する旨表示したものであるから右代理権限の範囲内に属する本件契約についても其の責に任ずべきものである。仮に右主張が容れられないとしても、原告は本件契約当時病弱で右典に原告の経営する事業を一切委せ、少くとも右事業経営に必要な代理権は同人に与えられており、現に右典は本件契約以前数回、原告を代理して被告との間に金銭貸借契約を締結してきたものであつて原告はこれを認めてきたのであるから本件金銭貸借並に代物弁済に関する契約を結ぶことが、事業経営に必要な代理権限を超えたものであつたとしても、被告としては典が本件契約についても原告の代理権限があつたものと信じてゐたものであり、そのように信ずるについて正当な理由があつたのであるから原告は本件契約について其の責に任ずべきものである。更に仮に右主張が容れられないとしても原告は本件借用金弁済期直前被告に対し典の代理行為を追認したのみならず昭和二十六年十二月三十一日及び昭和二十八年一月の二回に亘り本件借用金の利息並に損害金の支払をなして追認したものであると述べた。〈立証省略〉

理由

本件建物がもと訴外池田寅一の所有であつたのを、原告が昭和二十一年頃寅一から買取り、その所有権を取得したが、その所有権取得登記を経由してなかつたところ、被告は原告に対する貸金があるとし、且つその貸金の返済に代へて本件建物を原告から譲渡を受けたと称し、右建物の前主池田の印鑑証明書、登記申請委任状等により、中間登記省略の形式で原告主張の被告のための所有権取得登記を経由したことは本件当事者間に争がない。

被告は右取得登記を経由するに至つたのは原告がその二男訴外持田典を代理人として被告より十万円を借用した際、同代理人と被告との間になされた代物弁済に関する約定に基き、本件建物を代物弁済として譲受けたためであると主張するので、この点についてしらべて見ると、成立に争のない甲第三号証、乙第一号証、証人持田典の証言並に被告本人訊問の結果(第一回)の一部を綜合すれば原告の二男訴外持田典昭こと持田典は原告の代理名義を用ゐて、被告から金十万円を被告主張の約旨の下に借受け且つ右借用金を弁済期に弁済しないときは被告の意思により本件建物を借用金の支払に代へ、被告において譲受けることができる。その場合は被告から右譲受けた旨の通知さへすればよいと言う趣旨の約定を被告との間に結んだことは認められるが、当時典が以上の約定をするについて父である原告を代理する権限を与へられてゐたことについては、被告本人訊問の結果(第一、二回)も的確な証拠としては足らないし、他に右事実を認め得る証左もない。のみならず却つて証人持田典の証言並に原告本人訊問の結果によれば原告は曽つて世田谷区下馬所在の所有家屋を担保として被告から十万円を借受けたことがあり、その担保家屋を売却処分し、その代金の内から右借用金を返済することを策したところ、被告から、被告を通じて売るのでなければ買手がついても売らせないと言はれ、やむなく被告を通じて売つたため時価より安いと思ふ値段で売つたことがあり、爾来原告は被告を快く思つていない関係上、典は被告より本件借用金を借用する当時、父、原告に対し、右借用の事実を秘し、代理権なども得て居らなかつたことが認められる。

被告は典に原告を代理する権限がなかつたとしても昭和二十三年晩秋頃原告は被告に対し、原告の取引について包括的代理権を典に与える旨言明したので、本人としての責がある旨主張するけれども右言明の事実はこれを認め得る証拠がない。尤も被告本人訊問の結果(第二回)によれば昭和二十三年晩秋頃、原告が典を被告方に同道し「典をよろしく頼む」と挨拶したことは認められるが右は証人持田典の証言によつて明なように、被告は原告の金属挽物加工工場に仕事を持つて来て呉れる顧客であり、典は原告に代つて工場の業務を担当していたのであるから、子の典のために原告が「よろしく御引立を乞ふ」と言う趣旨であると解するのが相当であり、右認定の事実を以て、原告の包括代理権授与の言明と解するのは当らないのである。従つて代理権授与言明事実の存在を前提として原告に本人の責があるとする被告の主張は採れない。

被告は更に典は少くとも原告の経営する事業経営に必要な限度においては原告を代理する権限を与へられて居り、しかも典は本件貸借以前にも原告を代理して金銭貸借契約を結んだことがあり、原告は右締約を認めていたのであるから本件貸借並に代物弁済に関する契約の締結を認めていたのであるから本件貸借並に代物弁済に関する契約の締約が前示事業経営に関する代理権限を越えるものとしても原告は本人の責を免れないと主張するので、この点について考えよう。証人持田典、持田明の各証言並に原告本人訊問の結果を綜合すれば原告は金属挽物加工(主として電気通信機の部品製作)工場を経営して居り二男典をして右事実につき外交例へば注文を取り、集金をなす等の営業面に従事させていたが昭和二十五年二月頃原告は一時病床に臥したのでその間、典は父原告に代り工場関係の業務一切を担当したことがあるけれども、工場経営の資金繰は終始原告自身で担当し、典に委せたことがないことが認められ、右認定を左右し得る証拠はない。右事実よりすれば典が工場経営に関する通常の事務については原告の代理権を与えられていたことが推定できるけれども、本件建物等を担保として他より多額の金銭を借入れるようなことは右代理権限の外であつたものと言はざるを得ない。又証人持田典の証言並に原被告に対する各本人訊問の結果によれば本件金銭貸借前に原告は世田谷区下馬所在のその所有家屋を担保として被告を通じて訴外松村一郎より金十万円を、又本件建物の内、工場を担保として被告を通じて訴外猪瀬昇吾より金五万円を、その後更に前示下馬所在家屋を担保として被告から金十万円を借受けたことが認められるが、右各金銭貸借に際り典が原告を代理して貸借契約を結んだとの点については被告本人訊問の結果(第一回)は信用が措けないし、他に右事実を肯認し得る証拠がないのみか、却つて原告本人訊問の結果によれば右各貸借については原告本人が直接被告と談合の上取極め、借用金も原告自身で受領し、唯右各貸借につき公正証書を作成する際、右作成のための代理を典にさせたに過ぎないことを認めるに十分である。して見れば、典が右各金銭貸借につき原告を代理して貸借契約を取極めた事実の存在を前提とし、右事実を以て典が本件貸借並に代物弁済に関する契約をなすことがその工場経営の代理権限を越えるものであつても、被告においてはなお典に代理権があると信ずべき正当の理由があるとする被告の主張も採用の限りではない。

次に被告は典に本件貸借並に代物弁済に関する締約代理権がなかつたとしても弁済期直前被告に対し原告は典の代理行為を追認したと言うけれども右事実を認めるに足りる証拠はないので、被告の右主張は採るに足らないが、被告は更に原告において右貸借による借用金の利息、損害金を二回に亘つて支払つているから典の代理行為は、上叙支払により追認されたものであると主張するので、この点についてしらべて見ると、原告本人訊問の結果によつても、原告は被告に対し典の代理行為による本件借用金の利息乃至損害金額に相当する三千円程度の支払(利息損害金として支払はれたのか、又は元金の一部として支払はれたのかの点はさて措き)をしたことが二回あることが認められるけれども、

元来代理権のない者が代理人としてなした行為の追認と言うものは、同じく追認と言う用語でも、取消し得べき行為の追認とは法律上の性質、(前者は、その追認がなければ本人に対して何等の効力のないものを、特に追認によつて効力を生じさせるものであり、後者は取消権の放棄たる性質を有し、追認がなくとも取消さない限り一応効力がある。)効力(前者は民法第百十六条、後者は同法第百二十二条)を異にするので、取消し得べき行為の追認に関する民法第百二十五条の規定を直ちに無権代理行為の追認に適用することはできず、無権代理行為による債務について本人が外形上異議を留めないで全部又は一部の履行に該当する行為に出た場合でも、その各場合について無権代理行為を肯認する意図の下になしたかどうかによつて追認の有無を定めなければならないものと解するのが相当である。

ところで被告は原告が損害金を支払つた、換言すれば弁済期後に支払つたと主張するものであり、しかも被告本人訊問の結果(第一回)によれば、被告は原告から本件典の代理行為による借用金につき毎月元金の内金三千円宛の割賦弁済の申出を受けて拒絶した事実を認め得るに拘らず、原告は既述の如く三千円程度宛、二回支払つたことを考え合せると、原告が典の代理行為を追認すれば、当然に代物弁済に関する契約に拘束されることになるわけであり、割賦払の申出拒絶により、代物弁済強行の可能性が大きくなり、追認が原告に極めて不利な状態の下でなほ且つ借用金債務の一部弁済をしたことだけで、典の代理行為を肯認する意思があつたと推定することは取引の通念から見てできないのみならず、原告本人訊問の結果によれば原告が上叙の支払をしたわけは、子たる典の不始末を親としての立場から埋合せようとしてできるだけの範囲で被告に対し徳義的に支払つてやろうとしただけであつて、典の代理行為を肯認したわけではないことが認められる。被告本人訊問の結果(第二回)中、その第十二段において被告の供述している典と原告の応答の如きも右認定と相容れないものではない。従つて原告の二回の支払があつたから典の代理行為の追認があつたとする被告の主張も採用するに由がない。

上来判示したところにより、典と被告との間になされた本件貸借並に代物弁済契約は原告に対してはその効力を生じないので、右契約に基き本件建物を取得したとする被告の主張は採用できない。従つて原告は本件建物の所有権を保留しているわけであり、右所有権に基き、被告の所有権取得登記の抹消登記手続を求める原告の本訴請求は正当である。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎)

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